
釣りの最中は景色を存分に味わうほどのゆとりをいまだ持ててはいないが、渓流の写真を改めて見ると、やはり見入ってしまうほどの好きな景色である。またこのような自然を身近な空間に再現したいと思う気持ちにも少し共感できる。
はるか昔の日本庭園の起源にも少なからず、「自然の景の再現」を意図したものがあったのではないかと思う。
木と水と岩。この3つは日本庭園を代表す要素だと言われる。日本庭園を見るとこれら三つ巴の調和と対比が見どころの要所の一つであり、確かに核心をついていることを感じとれる。
この内の2つの要素しかない枯山水は木(地被類を含む植栽)と岩(砂利、砂)水の要素を維持管理の面や意図を表現しやすくするためにあえて水を排してはいるが、水の存在を明らかに感じさせる庭園がほとんどで、水が在ると捉えるに充分ではないかと思う。
また水と岩だけでも景としては成立する。例えば海辺や磯のような雰囲気を想像する。個人的には少し物足りなさを感じてしまい、マツ1本でも添えたくなる。よく考えると、海釣りにあまり行かない理由は景色のせいも大きいのかもしれない。
かつて読んだ本の中で、釣りは「景色を釣るもの」と表現されていたことを思い出し、私もやはり景色を釣りに行っているのだと、今さらながら改めて気付かされた。
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