
熊本県葦北郡芦北町の佐敷城(さしきじょう)。海が見える高台に石積みだけが残されている。天守や建物がない城趾とはさぞ物足りないものではないか、というような思いを抱えながら来てみた。
豊臣秀吉が九州を平定した翌年の1588年に加藤清正が熊本を治めることとなった。その際に国境の備えとして築かれたのが佐敷城である。その後に薩摩の島津氏との2度にわたる戦いの場になった。江戸時代に入り、一国一城令が出されて、佐敷城は廃城となった。廃城となる際に、天守のみならず、石垣の上部も破壊されたため、現在のような崩れたような石垣の姿となっている。

この佐敷城は水俣湾や天草の島々を一望できる風光明媚な立地である。石垣の天端がランダムな形となっているため、その景観との馴染みが良いように感じられる。(草が丹念に刈られていることも影響は大きいと思う)そのため、自然と人の働きかけの両者が造る、いわば「半自然」の景となっているため、非常に惹かれるものがあった。

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