熊本市中央区大江の徳富記念園。熊本地震の後、しばらく閉園していたが、現在は再開している。展示内容などを全く知らなかったが、古い建物に惹かれて以前から訪ねてみたいと思いながら、そのままになっていた。熊本を離れる前に行こうと思い立ち、11月初頭に尋ねてみた。
街なかにも関わらず、駐車場完備でありがたい。かなり大きな木に囲われており、外界と隔てられた感があり、明らかに異質な存在となっている。

こちらの建物が徳富旧邸。徳富蘇峰と徳富蘆花の名前はなんとなく聞いたことがあったものの、詳細を知らなかった。二人は兄弟で、兄の蘇峰は明治時代を代表するジャーナリストであり、弟の蘆花は小説家であるということを知った。この旧邸は後に「大江義塾」という私塾となり、蘇峰が自由民権の立場から教育を行い、100名を超える子弟が通っていたということである。

私が日本家屋で一番好きな部分は「縁(側)」である。内と外があいまいに繋がる雰囲気が良い。さらに、こちらのように出隅となって外に飛び出す納まりは申し分ない。

室内から縁側越しに見た庭も格別で、市内中心部とは思えない。静けさが漂う。それもこのそうそうたる木立のお陰である。それが掛け軸にも著されている。

「階前樹拂雲」
中国の詩人である杜甫の漢詩の一句を引用し掛け軸にしてある。訳すと「建物前の階の前には樹木が雲を払うほどに鬱蒼と立っている」という意味である。学芸員の方の解説によると、庭の木々は徳富家の入居後に植えられたもので、後に熊本を離れた蘇峰がここへ帰るたびに見る木々の生長のへ感嘆と畏敬の念を込めたものであるということだった。

欄間も意匠性が高いものとなっている。松竹梅に加えて、右下は「桐」だと聞いた気がするが、記憶がはっきりしない。

全ての障子の格子が横長で細かくなっていることで整然として見える。障子の面積は大きいだけに、格子の在り方で印象が随分と異なるものだ。

全体に壁は濃い灰色で統一されている。地震からの復旧の際に塗られたもので、まだ新しいが適度な濃淡があり、濃い色の割に重たすぎず、感じが良い。さらに耐震補強もなされたとのことだが、補強材の存在感があまりに感じられないことに大変驚かされた。
そして、この奥の間は明治天皇を迎える予定で整備されたが、実現はしなかったらしい。この部屋には他の部屋とは違う良さを感じた。はっきり分からないが、微妙に小上がりになっているからか?腰高の窓のせいか?

そして、徳富記念館が敷地奥に鎮座している。昭和40年代の鉄筋コンクリート造と言われたと思う。モダンな印象の2、3階の壁は正倉院の校倉造りを模したものらしい。

記念館2階から縁を望む。やはりどこから見ても「縁」は良いものである。
記念館の中に、徳富蘆花の小説、「自然と人生」の一節が掲げられており、実際に読んで見たくなり、帰りに図書館へ立ち寄った。手にとってみると、現代語とは異なる表現が多くハードルが高そうなので、まずは代表作「不如帰(ほととぎす)」を借りてみた。
結果、大当たりだった。こちらも(現代語とは違う)古い表現が多いながらも、内容の面白さから一気に読んでしまった。明治時代のノンフィクションと言われても良いほど、緻密な人物設定などの背景を下敷きに、家族制度・戦争・夫婦愛・病を巧みに織り交ぜ、卓越した表現力で編まれた小説で、かなりの没入感があり、当時ベストセラーとなったことが容易に想像できた。名作と呼ばれる小説の中でも、これほど良かったものはあまり記憶にない。
徳富蘆花や不如帰を知っていて、この記念園を訪れる方が大半だと思うが、私は記念園から不如帰に遡ってしまった。いずれにしてもこの出会いに感謝したい。熊本を離れる前に訪れて良かった。
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