
熊本県天草郡苓北町なある富岡城。天草下島から北西に突き出た小さな半島の山の上にある。下島には細い砂州で繋がる他は全て海に囲まれている風光明媚な立地である。
富岡城は漫画「ひょうげもの」にも登場する「もみあげ」と「鼻ひげ」が繋がった姿が特徴的で、温厚かつ意思の強そうな印象だったの寺沢志摩守によって築城されたということである。寺沢志摩守広高は唐津藩主では?と思ったが、関ヶ原の戦いの戦功として、天草四万石が加増され、飛び地として唐津藩が治めることになり、1605年に富岡城が完成した。その後、島原の乱の際には、一揆勢の猛攻にあったが、なんとか落城を免れたとの歴史が残っている。

富岡城の最大の特徴の一つといえるのが、この石垣である。「つづら折り」となっている、この石垣は他所の一般的な石垣に比べて、ずいぶんと赤茶色をしている。これは天草下島の石である天草石の特徴である。一つの石も複数の層から成るものが多く、白い層に褐色の層が入り交じる様が、木目にも似ており、「木目石」の別名もある。
さらに、この天草石は「天草陶石」として、全国的に名が通っている。陶磁器の原料となる陶石だが、なんと今現在の国内の陶石の8割を天草陶石が占めるという情報に驚かされた。有田焼の原料も今現在ほぼ天草陶石となっているとのことである。
この富岡城が築城されて、数十年後には天草陶石が、佐賀でも使われるようになっていたという。そこには天草が唐津藩に治められていた歴史が、少なからず絡んでおり、日本の陶磁器の発展を後押ししたのだと思うと非常に面白い。

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