
佐賀県嬉野市にある瑞光寺(ずいこうじ)。臨済宗南禅寺派のお寺で、南北朝時代(室町時代)に創建されたお寺である。

長崎街道を往来する奉行の嬉野宿本陣として利用されていた。銘板の台座は大理石となっているが、こちらは大理石調のボードが貼付けられたものだった。風合いも良く触れるまで分からなかった立派なもの。

広い境内は石垣と塀に囲われており、城壁のようにも見える。寺の品位を高め、武家との深い繋がりを感じさせる。塀の奥は木々で覆われている。中心となる巨木はクスノキのようだ。

両脇に仏像が配置された山門は柱・梁ともに力強さが溢れた造りとなっている。時代を経た木の質感に説得力を感じる。まわりをイチョウやクスノキで囲われていることで、さらに格が上がっているように見える。

そして、こちらの石段は斜めや折れ線で切り合わせてある。直角に切られた石が突き合わせてある中に、不規則な目地が点在する様子が心地よい。

上がりきって本堂が見えた。本堂も大きいが参道も広い、というより「太い」

大判の御影石(みかげいし)が敷いてある。色もバラつきがあり、仕上げも磨いたもの、凹凸のあるビシャン叩きなど、多様だった。

本堂入り口には「灰石」で段が造られていた。本堂の縁の古びた木との相性が絶妙である。佐賀県内産のものだろうか。この日は特に足元の石に目が行った。


狂い咲きしたサクラかと思ったが、そうではなかった。これはジュウガツザクラ(十月桜)という樹木で春の開花に加えて、秋から冬にも花を咲かせる「二季咲き」の珍しいサクラだということを知った。

観音堂の扁額に「圓通(えんつう)」の文字。圓通という言葉に初めて出会ったが、この意味は「仏や菩薩の慈悲の心が隅々まで行き渡っていること」であり、主に観音菩薩の徳を称える言葉だという。ありがたいことに、こちらのお寺で2つも新たな知識を得ることができたことに感謝したい。

そして、裏手にレンガ塀があった。こちらは明治以後のものだろう。古さはあるが、構造的にはしっかりしているようだ。

粘土ではなく、セメントを用いたレンガだと思う。程よい色ムラがある。一般的なブロック塀と比べて、1ピースが小さいだけで、これほど雰囲気が変わる。部材や目地の配分と比率で印象は全く違うものである。

木製の外縁とレンガ塀の取り合いも違和感無く、継がれている。

こちらの入り口付近にある石像は、何を示しているのが判らなかった。左下から波のような造形にみえる。右下は海蛇だろうか。中央は巻き物なのか。

こちらは駐車場入り口。一斗缶が転げているようにも見えるが、これは紛れもなく車止めである。唯一立っているものの天端にはギボシ(擬宝珠)のような球を備え、連結のための環(わ)の存在、大きく面を取られたコーナーなどを見るとやはり、どこか仏教的なデザインに見えてくる。




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